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千葉地方裁判所 昭和46年(ワ)581号 判決 1973年11月05日

原告

柴崎尚子

被告

水野工運株式会社

主文

一  被告は原告に対し、金二二九万七、四五八円と、うち金二〇九万七、四五八円に対する昭和四六年一一月二六日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、かりに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金八四二万七、三一二円と、このうち金七二三万九、八一三円に対する昭和四六年一一月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 発生日時 昭和四五年一月二日午後八時五〇分ころ

(二) 発生地 市原市馬立三九八番地先路上

(三) 加害車 マイクロバス(千葉2そ三九三号、以下被告車という)

運転者 被告の従業員、山口平蔵

(四) 被害者 原告(未婚、事故時二六才)

(五) 態様 訴外山口運転の被告車が原告の乗車していた小型四輪自動車(千葉5ぬ五二九四号、以下原告車という)に衝突した。

(六) 傷害 原告は本件事故により、顔面切創、脳挫傷、動眼神経麻痺、角膜損傷および頸椎骨折の傷害を受け、これによつて視力減退(左〇・四、右〇・〇一)、顔面創瘢痕(左耳前部から下部にかけて長さ一五センチメートル、幅一、五センチメートルのものなど数ケ所)、精神錯乱(脳波異常)、歩行障害、全身のシビレ感などの後遺症を蒙つた。

2  責任原因

被告は、加害者の所有者であつて、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条による責任がある。

3  原告の損害

(一) 医療関係費 金一八万七、四九九円

原告の治療費総合計は金一七〇万五、一六七円のところ、被告より昭和四五年八月二二日迄の治療費合計金一五一万七、六六八円の弁済を受けたので、これを控除した残額は金一八万七、四九九円であり、その明細は次のとおりである。

(イ) 慈恵医大関係分 一四万六、二七九円

(ロ) 南総病院関係分 二万一、四〇五円

(ただし、昭和四五年八月二五日以降)

(ハ) 斎藤眼科分 一、〇四〇円

(ニ) 永吉眼科分 五八〇円

(ホ) 石川歯科分 六、四九五円

(ヘ) 入院雑費 五万六、四〇〇円

一日三〇〇円の割合による南総病院に入院一四九日間、慈恵医科大学四八日間の合計期間一九七日間。

(二) 逸失利益 金八六三万九、八一三円

原告(当時二六才)は、前記の後遺症により労働能力を一〇〇%喪失したものであるが、昭和四三年度の女子労働者の年間平均賃金は四一万八九〇〇円であり、原告の就労可能年数は三六年間であるから、その逸失利益をホフマン式計算方法によつて算定すると八六三万九、八一三円である。

(ホフマン式計算による算定)

418,900×20.625=8,639,813円

(三) 慰藉料 金五〇〇万円

原告が前記の傷害を受け、前記の後遺症による苦痛を受けていることに対する慰藉料は標記の金額が相当である。

(四) 損害の填補 金六四〇万円

原告は、被告から内金として金五〇万円の支支払いを受け、自賠責保険から金五九〇万円の支払いを受けた。

(五) 弁護士費用 金一〇〇万円

以上により、原告は被告に対し金七四二万七、三一二円を請求しうるものであるところ、被告が示談に応じないので弁護士たる本件原告の訴訟代理人両名にその取立を委任した。

その内訳は、着手金として金三〇万円、成功報酬として金七〇万円であり、その合計額、金一〇〇万円は本件事故と相当因果関係にある損害である。

4  結論

よつて、原告は被告に対し、金八四二万七、三一二円(一三八二万七三一二円から六四〇万円を控除した額)と、右金額のうち弁護士費用を除く七二三万九、八一三円に対する不法行為の後である昭和四六年一一月二六日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因第1項(一)ないし(五)の事実は認める。

2  同 第1項(六)の事実は否認する。

3  同 第2項の事実のうち、被告が本件加害車両の所有者であることは認めるがその余は争う。

4  同 第3項(一)の事実のうち原告が昭和四五年八月二二日迄一五一万七、六六八円の治療費を要し、被告よりその弁済を受けた点は認めるがその余の事実は知らない。

5  同 第3項(二)および(三)の事実は否認する。

6  同 第3項(四)の事実は認める。

7  同 第3項(五)の事実は知らない。

8  同 第4項の事実は争う。

三  被告の抗弁

(過失相殺の主張)

1(一) 原告が乗車していた原告車は原告の実弟、訴外柴崎富雄(以下富雄という)が運転していた。

(二) 原告は、同人の実姉、訴外小林和江を同女の住所である東京都足立区千住二の三五番地の所在地まで原告車に同乗させて送つたのち、原告は住所地(市原市矢田九六番地)へ帰宅すべく、原告車に同乗し、訴外富雄に同車を運転させていた。

(三) したがつて、訴外富雄の過失は原告の過失と同一視できる。

2 訴外富雄には、法令で定める最高速度を越える(時速七〇~八〇キロメートル)過失、および本件道路のセンターラインを越える過失があつた。

四  抗弁に対する認否

否認する。

仮に、訴外富雄に過失があるとしても、原告には何等の過失はなく過失相殺の主張は失当である。

第三補助参加人の主張

一  (過失相殺)

1  訴外富雄の過失を原告の過失として同一視できる点は、被告の主張と同旨。以下訴外富雄の過失を主張する。

2(一)  自動車運転者は、対面走行する車両のあるときは、同車との衝突および接触等を避けるためにセンターラインより自車左側面との間に安全運転上、充分の間隔をたもつべき義務がある。

本件道路の片側路面幅員は三、九メートルであるが、本件衝突地点は、被告車にとつて、道路左側端よりセンターラインへ向けて四、二メートル、原告車にとつて道路左側端より同方向へ向け、三、六メートルであり、訴外富雄は、センターラインより、わずかに三〇センチメートル内側を走行したから、同人は右の義務を怠つたものというべきである。

(二)  訴外富雄は何等の急制動の措置をとることなく被告車に衝突しているが、右は損害拡大上の過失というべきである。

二  補助参加人の主張に対する認否

補助参加人の主張の道路の幅員及び衝突地点は認めるが、その余の事実は否認する。

仮に、訴外富雄に過失があるとしても、原告の過失とはならない。

第四証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

1  昭和四五年一月二日午後八時五〇分ころ、市原市馬立三九八番地先路上において、訴外山口の運転するマイクロバス(千葉2そ三九三号)が、訴外富雄の運転する小型四輪自動車(千葉5ぬ五二九四号)に衝突した点は当事者間に争いがない。

2  〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。

原告は、本件事故により、顔面切創、脳挫傷、動眼神経麻痺、角膜損傷、頸椎骨折の傷害を受け、約三週間意識不明の状態であつたが、その後徐々に快復したが、視力減退(左〇・四、右〇・〇一)、顔面創瘢痕(左耳前部より下顎部にかけて長さ一五センチメートル、幅一、五センチメートルのものなど数ケ所)、軽度の脳波徐波、左外傷性梨状筋症候群による左下肢のシビレ感、脱力状態、三又神経圧痛などの後遺症を残すに至つた事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  責任原因

被告株式会社水野工運が、被告車を所有していたことは原告と被告との間で争いがなく、〔証拠略〕によれば、被告車は被告が雇傭している工員を送迎するために使用されていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、被告は右自動車を自己のために運行に供するものとして自賠法第三条による責任が認められる。

三  原告の損害

1  治療関係費等

(一)  〔証拠略〕によると次の事実を認めることができる。

原告は、東京慈恵会医科大学附属病院において顔面醜形瘢痕、両視力障害、フロントガラス異物左股関節等の治療のため、同病院に入院して治療を受け、昭和四八年一月二〇日および同年同月二四日に金一四万六、二七九円を支払つたこと、南総病院に退院後の治療のため通院し、昭和四五年八月二五日より同四六年四月一六日まで合計二四回にわたつて金二万一、四〇五円を支払つたこと、斎藤病院に角膜後癒着性白斑(右眼)、近視、瞳孔偏位(以上左眼)、視束萎縮の治療費として金一、〇四〇円を支払つたこと、

永吉眼科に昭和四五年八月二〇日に金五八〇円を支払つたことが認められる。(ほかに石川歯科医院に昭和四五年七月一三日に金六、四九五円を支払つた事実が認められるが、その内容及び本件傷害との因果関係が明白ではないので、右治療費は損害と認めない)

以上は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  〔証拠略〕によれば、原告が南総病院に一四九日間(昭和四五年一月二日から同年五月三〇日まで)、東京慈恵会医科大学附属病院に四八日間(昭和四六年九月六日から同年同月二九日まで、および昭和四七年一月八日から同年同月三一日まで)各入院したことが認められ、その間の入院雑費として一日あたり三〇〇円を要したものとするのが相当であるから、その合計額は金五万六、四〇〇円を下らない。

(三)  以上、治療関係費の総合計は金二二万五、七〇四円であるところ、原告は、金一八万七、四九九円を求めているのみであるから、その限度でこれを認容することとする。

2  逸失利益

前示一の2で認定した後遺障害の事実にもとづいて、自賠法施行令別表による後遺障害の等級を割り出すと、顔面下顎部瘢痕は、女子の外貌に醜状を残すものとして第一二級一四号に、右眼の視力が〇・〇二以下になつたものは第八級一号に各該当するところ、以上は合併症であるから第七級に相当するものと思慮され、それに相応する労働能力喪失率は労働基準局長通達による労働能力喪失率表から五六%と認められる。

尚、同人は上記のごとく、左外傷性梨状筋症候群による後遺症もみられ、原告本人尋問の結果によれば、左足には力が入らず、履物も手を用いなければ履けない状態であることが認められ、これ等を総合すれば、労働能力の六〇%を喪失したと解するのを相当とする。

同人は事故当時二六歳の未婚の女子であつたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によると、同人は事故直前タイピストをやめ無職者であつたが程なく再び就職したい意向であつたことが認められ、同人の年間所得額は労働省労働統計調査部による賃金センサス第一巻第一表にかかげる昭和四五年度全産業全女子労働者平均給与額に基づき算定するのが相当であり、これによると年間所得は五〇万三、七〇〇円である。

また、同人の就労可能年数は、事故後、あと三七年であるから、これをホフマン式計算法により遺失利益を算定すると六二三万三、二八八円となる。

503,700×20,625×60/100=6,233,283円

3  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、入院治療日数、後遺症の内容等諸般の事情に鑑み、更に後記過失を斟酌すれば、原告が本件事故により蒙つた精神的損害は、金二七〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

4  過失相殺

(一)  〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。

原告車は原告の実兄、訴外柴崎義博の所有であること、原告と訴外富雄とは姉弟にあること、訴外富雄は本件事故当時、勤務先である東京都練馬区豊玉北三の六所在の日立豊玉寮に居住していたが、実姉訴外小林とともに、市原市池和田一三一二番地所在の実家に帰宅し、七日間位滞在していたこと、事故当日である昭和四五年一月二日、右実姉小林を同人の居住している東京都足立区千住二丁目二五番地まで送るべく、原告は訴外富雄が居眠り運転をしないように原告車に同乗したこと、また訴外小林を送つたあと、実家に帰る途中、本件事故に遭遇したこと等が認められ、以上の点から原告と訴外富雄との身分関係上の一体性および生活関係上の一時期についての一体性が認められ、訴外富雄の過失は被害者側の過失と認めるのが相当である。

(二)  次に、訴外富雄の過失を判断すると、〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。

(イ) 本件事故現場は、市原市牛久方面より同市八幡方面に通ずる幅員七・八メートル、センターラインのある路上で同方向に向け右にカーブしている見透しの悪いところである。

事故当時、小雨が降つており、路面はアスフアルトで滑り易い状態にあり、対向車が進入してくるのを認知するためには、本件事故現場附近に立てかけてある広告用の看板に反射する自動車の前照灯を手懸りにする状態にあつたことが認められる。

(ロ) 本件道路幅員は七・八メートル(片側車線三・九メートル)であり、本件衝突地点は、被告車にとつて道路左側端よりセンターラインへ向け四・二メートル、原告車にとつて道路左側端より同方向へ向け三・六メートルであり、原告車は前部中央よりやゝ右寄りに被告車の右前照灯付近が衝突したものであること、従つて被告車はセンターラインをオーバーして進行した過失が認められる。

また、訴外山口は、本件事故現場にさしかかる際、毎時五〇~六〇キロメートル位の速度で進行していた事実が認められ、見透しの悪い道路状況である上、小雨が降つていたのであるから減速して進行すべき注意義務があるのに漫然、前記速度で進行した過失が認められる。

(ハ) 一方、原告車は、前記認定事実のとおり、センターラインより、自車進行路三〇センチメートル内側の位置において衝突しているが、その衝突部分は前記のとおり原告車前部中央よりやゝ右の部分であり、その位置から推せば、訴外富雄は、同車左側はセンターラインすれすれ程度の状態で進行していたことが推測され、本件事故現場が見とおしの悪いカーブであり、又小雨も降つていた際であるから、自動車運転者としては対向車両と接触および衝突を避けるべく、充分な間隔を保つて運転すべき業務上の注意義務があるのに、漫然前記間隔で進行した過失が認められる。

また、同人は、本件衝突前急制動の措置をとることなく被告車と衝突している事実が認められ、損害の拡大に影響を及ぼした過失があつたものと認められる。

(ニ) 右認定に反する証人山口(一部)および同富雄(一部)の各供述はたやすく信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠は認められない。

(ホ) 以上の本件事故の衝突地点、衝突部位、運転者として要求される注意義務等諸般の事情を考慮すると、本件事故の直接の原因は、センターラインを越えて走行した被告車側にあるものと考えられ、その過失割合を評価すると、訴外山口の九に対して、訴外富雄の一とするのが相当であり、これを前記逸失利益による損害額である六二三万三、二八八円から被害者側の一割を控除すると、その額は五六〇万九、九五九円となる。

5  損害の填補

以上損害額の合計は、金八四九万七、四五八円であるところ、このうち、金六四〇万円は、既に、内金および自賠責保険として支払を受けていることは当事者間に争いがないので、その残額は、金二〇九万七、四五八円である。

6  弁護士費用

以上のとおり、原告は被告に対して二〇九万七、四五八円を請求しうるところ、〔証拠略〕によれば、被告は任意に弁済に応じないので、原告は昭和四六年一一月一日本件原告の訴訟代理人らに対して訴訟委任し、本判決言渡の日に報酬を支払うべき債務を負担したことが認められるが、本件事案の難易、前記請求認容額等本訴に現われた一切の事情を考慮すると本件事故と相当因果関係のある損害として二〇万円とするのが相当である。

四  結論

以上の事実によれば、原告の本訴請求は、右損害金のうち、金二二九万七、四五八円と、弁護士費用を除く二〇九万七、四五八円に対する不法行為の後である昭和四六年一一月二六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内淑子)

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